Round-Robin From Japan  第4章  シカゴからの刑事    第5章はこちら

 佐都子と別れたフレイザーは新宿警察署への階段を上っていった。
そして受付で担当の刑事を探している旨を伝えた。しかし担当の比由井刑事は海外からの別の突発事件で召集されて現在行方がわからないという。フレイザーは途方に暮れてしまっていた。

すると背後から威勢のいいニュージャージー訛りの英語が聞こえてきた。フレイザーが振り向くとそこには高そうなグレーのスーツに身を包んだイタリア系アメリカ人が両手を大きく振ってこちらのほうに近づいてきていいる。
「We can almost close this case. We got their gun powder.もうこの事件は片付いたも同然だぜ。やつらの拳銃の火薬を入手したからな。
 そのアメリカ人はいやに上機嫌である。そして担当らしき日本人刑事に火薬の入った袋を渡し、肩を叩いて喜んでいる。フレイザーには詳細はわからなかったが会話の端々から彼がシカゴからやってきたことと彼のかかわっているギャング抗争が解決しかかっていることを感じ取った。

 見つめるフレイザーに気がついたアメリカ人は急に思いついたように話し掛けてきた。
「Oh, It's you. Ah Are you Canadian? あーおまえか。あんたカナダ人か?
「Yes.」
「Are you looking for Detective HIYUI? あんた比由井刑事を探してんだろ?
「Yes.」

 帽子を傾けフレイザーは神妙な顔つきをしている。その表情に対してそのアメリカ人は適当にあしらうように比由井刑事の状況と伝言を伝えた。
「Now he is after my case. He couldn't have time to deal with anything else.
Your case would be the dead Moutie. He have got your list of names in his basket here. The moment he gets a chance he's going to go to the computer, pick up the phone and call you with the information so you can go and get your Boy Scout points.彼、いま俺の事件にかかわってるんだよ。よって他の事件に取り掛かるヒマはねえんだよ。 確か死んだ騎馬警官の事件とかだったよな。おまえの事件のリストは彼のハコの中に入っているからきっとその気になったらコンピューターに向かって調べてくれるだろうよ。そして電話でもしてくれるだろ。だからそれまでボーイスカウトのキャンプにでも戻ってな。

アメリカ人の人ごとのようなセリフにフレイザーは顔をこわばらせた。

「Yes. Please give him my message. The dead Mountie was my father. And I would appreciate it if you'd check the names while there's still a chance of catching the man who killed him. わかりました。じゃあ彼にこう伝えてほしい。死んだ騎馬警官は父だ。だから名簿をチェックしてほしい。犯人が捕まるチャンスがあるかぎり…

フレイザーの言葉を聞いたアメリカ人は急にエメラルドグリーンの瞳を曇らせうつむいてしまった。

そして間を置いてフレイザーはこう続けた。
「Oh and by the way, That's not ordinary gun powder. It's very low grade. something like fireworks.
ところで さっきのは拳銃の火薬じゃないな。安物のものだ。多分、花火の火薬かなんかだろう。

鋭い視線を投げフレイザーはアメリカ人の前から立ち去った。

 廊下を抜け部屋を出ようとするフレイザーを植田警部補が呼び止めた。
「あーフレイザー君」
「Pardon?」
「あっそうか、日本語だめか。えーとイレ〜ンすまんが訳してくれないか。」
日系2世のイレーン補佐が呼ばれ、比由井刑事から連絡があったらすぐ知らせるから宿泊場所を署に知らせてくれるようにと伝えた。
「Thank you kindly.」
穏やかな笑顔でフレイザーは礼を言った。しかし心中は穏やかではない。せっかく日本にまで来たのに担当の刑事はいないし他に彼の事件を取りあってくれる人もいない。
(What should I do…?どうすべきか…)混雑している署の騒音も聞こえないほど彼の頭の中は真っ白になってしまった。

----- 一方 佐都子のオフィス

 オフィスについた佐都子はお土産のういろうを配り終え、自分の席で議事録をチェックしていた。目は字を追っていたが、浮かぶのはフレイザーの優しい笑顔ばかりである。
全然、身に入っていない様子を察した先輩の小山田が声をかけた。
「なんか、疲れているみたいだね。今日は金曜だし飲みにいこうか?」
「あーすみません。そんな気分になれなくて。終わったらすぐ帰ります。」
いつもは飲み会と聞くとどんな用事があっても出席する佐都子だったが今日だけは一人になりたい気分だったのである。

 そうこうしているうちにベルが鳴り、佐都子は一番にオフィスを出た。3月は昼間と違って夕方の風は冷たい。しかし何故か顔が火照っている佐都子にとってはその冷たさが心地よかった。(ちょうど3時間前にもこの道を歩いたなぁ…・)佐都子は昼間の夢のような出来事を思い出していた。そして5分ほど歩いたところで、新宿警察署の文字が飛び込んできた。
「まさか、もういないよね。まさか…・」
っと思わず独り言を言ったその瞬間である。摩天楼の明かりに照らされたベージュのステットソンハットが見えたのだった。その下は暗くてよくわからなかったが多分、茶色い制服であろう。佐都子は頭をハンマーで殴られたようなショックに襲われた。
「うそぉ〜(泣)」幻か何かではないだろうか。二度と会う予定ではなかったフレイザーが署の階段に腰掛けている。そして本か何かを熱心に見ている。

(どうしよう、逃げちゃおうかな〜?でも何にも悪いことしてないし…ただ挨拶して通り過ぎればいいんだよね。挨拶して…・) 意を決した佐都子は深呼吸をした。そして歩きながら、「Hello」というセリフを練習した。20m、10m…だんだん彼との距離が縮まってくる。
そして彼の前にいよいよ近づいた。(せーの!)「ハっ…」と「hello」のハの字を言いかけたそのときである。彼が頭をあげて佐都子の方を見た。昼間に見たのと全く同じ整った顔をして…。佐都子は「ハ」の口のまま固まってしまった。まるでエサを与えられる前の鯉のような顔つきのまま…・。一瞬、永久に時が止まったような二人の再会であった。


***** つづく                                         (2003.3.9)

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あーまた会ってしまいました…フレイザーに・・・
さて、このあと二人はどうなるのでしょうか? 続きはまた来週 (^.^)/~~~