Round-Robin From Japan  第29章 さよならの前に      第28章はこちら                 

 佐都子がビッグビーバーを抱えて途方に暮れていると、正面から5歳ぐらいの少年がやってきて羨ましそうにビーバーを見ている。
そしてついてきた母親にせがんだ。
「ママぁ〜あれ欲しい・・・」
「だめよ。あれはあのおばちゃんのなんだから。」母親が少年を諭す。
(あのなー。汗)佐都子は"おばちゃん"の一言にカチンと来たが、そこは抑えて少年に歩み寄った。
「はい、どうぞ。よかったらもらってください。」
「ええ!いいの? おばちゃん。ありがとう!」少年の顔がパっと明るくなる。
(あのなー。再び汗)佐都子は再度の"おばちゃん"発言にムっと来たがそこは抑えて笑顔で手渡した。
「すごいね。あのお兄さんが当てたの?」
(うっ 汗)なんでフレイザーは"お兄さん"で私は"おばちゃん"なんだ? と細かいことにこだわりながらフレイザーを見るとフレイザーが優しい目をしてこちらに寄ってきている。そして少年の目線に合わせるようにしゃがんで話をし始めた。
「ああ。そうだよ。」
「すごいね。お兄さん。何の仕事やっているの?警察の人?」
「君が夜、安心してぐっすり眠れるように・・・、そして君のお母さんが安心して君が無事なのを見て、電気を消すことができるように・・・だよ。」
そう言って少年の頭を軽くなでた。佐都子にはうまく訳すことは出来なかったがその言葉からフレイザーの警官としての誇りのようなものと子供を愛する優しい心を感じとった。

その後、二人は2,3のアトラクションに乗ってから遊園地を出て水上バスに乗ることにした。水上バスを降りてからはお台場や都内の観光スポットを回り、東京タワーの展望台に着いたのはもう日が沈みかけている頃だった。

佐都子にとっては何年ぶりかに訪れる東京タワー・・・
ガラス越しに見える景色は黄昏色に染まっていくビル群の東京の街だった。
どこまでも続く果てしない都会・・
オレンジ色の光が入ってきて、フレイザーの横顔を照らす。
何か憂いを帯びた彼の横顔は恐ろしいくらい綺麗だった。

「こんな平和な気分で夕日を見たのは久しぶりのような気がする。」
フレイザーは外を眺めながら静かな声で言った。
「父か亡くなってから・・・こんなふうにゆっくり空を見ることなんかなかった・・。」
佐都子はなんて答えていいかわからない。ただ・・ただ・・・彼を見ているだけだった。

彼と夕日を見るのもこれが最初で最後・・・そう思うと一秒でも長くこうしていたいと思った。忘れないように・・・この瞬間を永久に心に刻んで置けるように・・・。

やがて景色は宝石箱のようにキラキラ輝く夜景に変わっていった。

「さあ、帰りましょう。」
そう言い出したのは彼の方だった。

地下鉄を乗り継ぎ、新宿に戻っきたときには8時を回っていた。
駅構内は相変わらず混雑していて人の波が押し寄せている。
佐都子は戻ってきた喧騒の中、夢のような時間はそろそろ終わりに近づいて来ているのをはっきり感じとっていた。
いつ別れを言えばいいのだろう・・・・改札口を抜けながら佐都子はそのタイミングを考えていた。

そのときである。
フレイザーがステットソンを傾けて佐都子の顔を覗き込んだ。

「佐都子・・・ホテルまで来てくれないかい?」
「えぇっ?」
「渡したいものがあるんだ。」

佐都子は一瞬 "ホテル" 発言にギョっとした。が、それは大きな自分の勘違いだとわかってしばし自分のバカさ加減に呆れていた。
「はい。」
と答えるとフレイザーがにっこり笑った。

ホテルに着くと、フレイザーはロビーに佐都子を残し足早にエレベーターホールに消えていった。それから少したって不思議なフリスビーのようなものを持って戻ってきた。よく見ると周りに羽のようなものがついていて中は蜘蛛の巣の網の目のようだ。

「これを渡したくて・・・。」
「何ですか?」
「ドリームキャッチャーというお守りなんだ。悪い夢はこの網に引っかかって溶け、いい夢だけとおすというイヌイット部族で古くから言い伝えられている伝統あるお守り・・・。実をいうとね。僕が自分で作ったんだ。」フレイザーがちょっといたづらっぽくウインクをする。
「えっ?そんな大切なものを・・・。」
「いいんだ。佐都子、君に持っていてほしい。本当は僕が側にいて守ってあげたい・・・だけど、僕はカナダに戻らなくてはならないんだ。だから代わりにこれを・・・」

そう言って手にギュッと持たせた。佐都子はなんか気恥ずかしくて顔を見られない。
うつむいたまま消えそうな声でお礼を言った。

「ワン☆!」

緊張した空気を狼の一声が破った。そして後からレイの威勢のいい声が聞こえてくる。

「よお、楽しかったか?この狼ほんとよく食うな。あれから帰る途中、草加せんべいに雷おこし、そして人形焼だろ。・・ほとんど通りで売っているもの何でもねだって食いやがる。おかげですっかり署に戻るのが遅くなっちまったよ。ははは・・・」

きょとんとしたディーフが目を丸くしてお座りをしている。

「よかったな。ディーフ。これでいい思い出ができたな。」フレイザーがディーフのわき腹をポンポンと軽く叩いた。ディーフも満足そうにクイーンと鼻を鳴らしている。

「じゃあ、私はこれで・・・。」
「えっ・・・これから飯でも食いに行こうぜ。」レイがどうして今帰るんだよ?みたいな顔をして佐都子の方を見た。
「いいえ。用事があるんです。だから・・・さよなら。」
そう言って佐都子は玄関の方に走っていってしまった。
「ああ、待って佐都子!」

フレイザーが声をかけたがすぐに人ごみに紛れて消えていなくなってしまった。
「なんだ・・あいつ?」レイが頭を傾けた。
「おまえいじめただろう?」
「いじめてないよ。レイ・・・僕はただ・・・」
「ただ?」
「なんでもない・・・」

佐都子はこれ以上速く走れないくらい速く走って駅に向かった。
走りながら佐都子の頭にはこの3日間の出来事がぐるぐる回っている。
たこ焼きを食べるおちゃめなディーフ・・・言葉は荒いけど優しいレイ・・そして優しくて素敵なフレイザー・・・

もう彼らには二度と会えないんだ・・・もう・・・・帰っちゃうんだ・・・
そう思うと涙が止まらなくなってしまった。

つづく

来週はいよいよ最終回、フレイザー&ディーフが成田から旅立ちます。
ここまで読んでいただいた皆様、本当に有難うございました。おかげでハラペコディーフにも満足な旅となりました。ワンワン!

                                      (2003.9.28)

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