Round-Robin From Japan  第25章  夕暮れ     第26章はこちら                  

ディーフはご馳走を食べ終わった犬のようにペロペロと口の周りを舐めている。
目も穏やかで先ほどの飢えてギラギラ光った様子は見えない。
いったいどうしたのだろう。ディーフはお腹がすいているはずなのに…・。
とりあえずフレイザーはディーフにご飯をあげることにした。

「ディーフ 待たせてごめん。さあ食べな…」フレイザーがしゃがんで銀紙の包みを開けてディーフの前にお握りを置いた。

ディーフの目の前に炊き立てのご飯の匂いが漂う。ディーフは興味を示し、近寄ると鼻をクンクンいわせて嗅ぎまわった。きっとそのまま食べ始めるのだろう…と思ったら、驚いたことにプィッっと横を向いてしまったのである。

「えっ?」
フレイザー、レイ、佐都子が目を丸くして顔を見合わせた。

「おいっどうしたんだよ。この狼。」
「わからない・・。」
「通りがかりの人が何かあげたんじゃないですか?」

3人はいろいろと推理する。
とにかくディーフがもうハラペコではないのは確かだ。
フレイザーは首をかしげて水車横につないだ紐をとき、ディーフを駐車場に連れて行くことにした。

3人が車の取っ手に手をかけて、車内に乗り込もうとしたときである。
店の前から従業員の声が聞こえてきた。

暖簾をしまうために外に出てきた従業員が店内に向かってわめいているのだ。

「おやじさーん、大変ですよー、池の鯉が急に少なくなったんですけどー。」

店主らしい人や他の従業員が慌てて店の外に飛び出してきた。
そして全員、水車の横の池をのぞいた。

「そーいえば…金の鯉が見当たらないな。」
「逃げたんですかね。」
「共食いじゃないか。」
「あれっ?横に置いてあった鯉の餌も減っていますよ。」

それを聞いたフレイザー達は車の前で真っ青くなってしまった。三人の視線がいっせいにディーフに注がれる。
「も、もしや…・」(汗)

3人の焦りもよそにディーフは涼しい顔をしている。昼下がりのディーフ、ちょっと眠けも襲っているようだった。

「で、で、でも、証拠はないぞ。」(汗)レイが声を震わす。
「あ…ああ。」

今となってはディーフ満腹の原因は知るよしもない。真実はディーフのみが知っているのだった。

****
お腹も満足した3人と1匹は一路、都心に向かった。

再び、場面はリヴィエラの中

レイの車はディズニーランドのお城を左手に、スピードを増していった。
窓からはさわやかな春風が入ってくる。
バックミラーをのぞくとフレイザーとディーフが寄り添いながら気持ちよさそうに寝ている。フレイザーの前髪が時折、風にそよぐ。

鏡に映った寝顔を見たレイが優しい笑顔を浮かべる。
「ベニー疲れたんだな。」 レイがフッと静かに独り言を発した。

そんなレイに向かって助手席の佐都子がいつもの棒読みの声でつっこんだ。

「ベニーって誰です?」
ギクッ!(大汗) レイが急にうろたえる。
「ま、またおまえかよ。」
「ねぇ、誰なんです?ベニーって?」
「うるさいなぁ、フレイザーのことだよ!」
「いつからそう呼んでいるんです?」
「ごちゃ、ごちゃ言うなよ。アメリカ文化のことなんだからおまえには関係ねーの!」

なんだか全然答えになっていないが、これ以上聞くとよけい怒り出しそうなので佐都子は会話を続けるのをやめた。

****

新宿警察署に着いた3人は、事件についての経緯を植田警部補に報告した。
犯人のトラックからはかなりのドラッグが押収されたらしい。
まさにディーフのお手柄だと警部補は褒めきれなかった。

****

署から出るとあたりはもう夕暮れで空がオレンジ色に染まっている。
朝から歩き回ったせいか、三人の足取りは重い。
口数も少なくそのまま車に乗り込んだ。
暗黙のうちに三人は帰ることにしたようだった。

 ホテルの前には観光バスが何台か止まっていて横付けることができない。よって道路の向こう側にレイは車をつけた。

「ここでいいか?」
「ああ。」 フレイザーはディーフを車から降ろし続いて自分も降りた。
そのあと運転席に向かって腰をかがめた。
「佐都子とレイ、ちょっといいかい?」
フレイザーは何か話があるみたいだった。

車から降りた二人にフレイザーは姿勢を正して丁寧な口調で話しはじめた。

「本当に、どうもありがとう。何てお礼を言っていいのか。言葉が見つからないくらい感謝しているよ。君たちが困ったときには、今度は僕が全力で助ける。絶対に…・」

精悍なフレイザーの瞳が輝いている。
そしてボーッとしている佐都子の右手をぎゅっとフレイザーが握った。
「佐都子、君にもし出会わなかったら…僕は…・」

と言いかけたところである。プーッ!!プーッ!! とけたたましいクラクションの音が響いた。
見るとレイの車の後ろが渋滞しているのだ。
後ろの車の女性がものすごいけんまくで怒鳴りたてている。

「おい、行くぞ。」レイが佐都子に声をかけ、佐都子もつられて急いで後部座席に身を滑らせた。
「じゃあ元気でな。」 レイが手をあげるとアクセルをギュィーンと踏んだ。
何か言いかけたフレイザーを残したまま、あっという間に夕闇の中にリヴィエラは去って行ったのだった。

後部座席の佐都子は後の窓を見つめ続けている。
だんだん小さくなっていくフレイザーとディーフ…やがてステットソンハットと制服の見分けがつかないほど小さくなり、ディーフも白い点になっていった。

(最後の別れがこんなにあっけないなんて…。)

知らず知らずに涙が溢れてくる。佐都子はどうしようもなく寂しい気持ちでいっぱいだった。


佐都子とフレイザー、なんだか最後はあっけない別れでした。
もう二人は会えないのでしょうか?続きは9月に〜ということで3週間のお休みをいただきます。



Back