第21章 こみあげる想い 第22章はこちら
「フレイザぁああああああああ〜」 レイの絶叫が天に響いた…・。 一瞬、時が止まり、群集が息を飲む。 そこからはまるでスローモーションの映像のようだった。 フレイザーがわき腹を押さえ、ゆっくりと前に倒れこんでいく…・・ ドサッ…フレイザーの膝が地面を打つ音がした。 直後、後から駆けて来たディーフがバウッ〜と低くうなり声をあげて、地面を蹴り上げると宙を舞って、男に襲い掛かった。 ディーフは両手両足で犯人を押さえ込み、見事しとめたのだった。 その間、レイと佐都子は駆け足で、前かがみにうずくまっているフレイザーに近寄っていった。 左わき腹を押さえているフレイザーの手からは鮮烈な血が流れ出ているようだ。 「ああ…・なんてことだ…フレイザー…・」レイは声を震わせながら、フレイザーの顔を中腰になって覗き込む。一方、佐都子はこの痛ましい情景を見られないのか顔を手で覆って泣き崩れてしまっている。 「ううう…・」フレイザの押し殺したような声がもれる。 「しっかりしろ…フレイザー」 「ううう…」 「フレイザー!しっかりするんだ!」 「ううう…」 「死ぬな、フレイザー!」レイは必死だ。 少し間を置いてフレイザーが声を発した。 「レイ…つぶれてしまったよ…」 「はっ?」 涙でうるうるしたレイの顔が、きょとんとなる。 「つぶれたって何が?」 「トマト…」 「へっ?」 「トマトだよ。レイ。」 「とまとぉ?」 フレイザーはゆっくりと立ち上がると左ポケットからグジャグジャにつぶれたトマトを取り出した。 レイはこの情景が理解できなくて呆然としている。 「今朝、ホテルの朝食に出たトマト。ディーフのおやつのために残ったものを持ってきたんだよ。彼、すぐお腹が空いてしまうからね。」 事実がよく把握できていないレイは消え入るような声でフレイザーに聞いた。 「おまえ…・ナイフが刺ささったんじゃないのか?」 「衝撃でちょっと足元が揺らいだだけだよ。僕は素人じゃないんだ。Royal Canadian Mounted Policeなんだ。ナイフの一つや二つぐらいすぐ掴めるさ。」 そう言いながら膝についた土を払って立ち上がった。 よく見ると、赤く見えたのはトマトの"実"だったのである。レイも佐都子も動転していて、すっかり 赤いもの = 血 と思い込んでしまったのだ。 「あのなぁー!心配させやがって!。俺の涙 返せ。」レイはマジで怒っている。 「ごめん、ごめん」フレイザーがちょっと笑みを浮かべた。 フガッ、フガッ…・狼の声で フレイザーが前方で仰向けになって押さえつけられている犯人に気がついた。 「さすが、ディーフだな…。」そうつぶやくとフレイザーは男に近づいていって、グイッとその腕を縛り上げた。 「今度こそ、逃がさない…・」フレイザーの表情が再び険しくなった。 本当はこの男を思いっきり殴りたい気持ちでいっぱいだった。 (心ゆくまで殴って殴って殴りまくりたい…) 縛り上げているフレイザーの手がぶるぶると怒りで震える。 たった一人のかけがえない肉親…誰よりも愛していた父を奪った憎しみ…・ 薄いピンクの唇をギュっと噛みしめ、フレイザーは自分自身の衝動と闘っていた。 「いいかね?」聞き覚えのある声がした。 振り向くと、そこには植田警部補と応援に来た警官が立っていた。 フレイザーは平静を取り戻すと無言で、犯人を引き渡した。 ガチャ…・・手錠のかかる音が響く。 これで全ては終わった…。父が死んでから、ずっと続いた苦悩の日々にピリオドを打つことができたんだ…・・ フレイザーは眉間にしわを寄せて目をつぶるとふーっと胸で大きく息をした。 つづく (2003.7.7) BACK |