第20章 再会 第21章はこちら
レイとフレイザーがじっと佐都子の顔を覗き込むがまったく動く気配がない。 「佐都子!佐都子!」レイが強い調子で肩をゆすって呼びかける。 「やばいよ…・」 顔をこわばらせながらフレイザーを見た。 フレイザーとレイに緊張が走る。 フレイザーが佐都子の手をとるとそれはまるで氷のように冷たくなっているではないか。 「温めてみようか…。」フレイザーが真剣な眼差しでつぶやいた。 「どうやって?」 「レイ、頼む。」 「なんで俺だよ?おまえやれよ・・」 「僕はだめだよ…」 「おまえエスキモーの土地から来ただろ。そういうの得意そうだ。」 するとフレイザーがきょとんと目を丸くし眉を上げたかと思うと、諭すように説明をし始めた。 「レイ〜、エスキモーという言い方はよくないよ。あれはインデアン語で『生肉を食べる人々』という意味で差別用語なんだ。よって今ではほとんど使われていない。正確に言うと僕の生まれた地方はイヌイットという部族で彼らの言葉イヌクティトゥット語で『人々』を意味するんだ。…また居住地としては大陸北岸沿いや東西4,000キロの…、」 「うるさあぁぁい!こいつ死にかけているんだぞっ。」 レイが噛みつくような表情をしてさえぎった。 「あっ そうだったよ…レイ。」 数秒後、何かフレイザーはひらめいたのだろうか、おもむろにもう一度佐都子の手をとると、ゆっくりと自分の口元に持っていった。 「おい、何する気だよ?」 レイが驚く。 「彼女の指を僕の口の中で温めようかと…・」 まさに口にくわえようとした瞬間である。突然、「きゃあー!」と奇声を発し佐都子が起き上がった。 「やめてくださいよぉおお!」 佐都子は後ろにのけぞり、目を剥き出しにしてハアハアと肩で息をしている。 その様子を見てレイが言う。 「なんだ、おまえ生きてたのかよ。」 「生きてちゃ悪いんですか…」 「いや、悪かねけーど。仮病?」 「違いますよ。神経がマヒして動けなかっただけです。」 佐都子の心臓はドキドキいっている。 「ごめん、佐都子。君が凍りついていると思ったから…・。昔、アラスカで遭難したとき、こういう方法で一人の女性を救ったことがあったんだよ…。だから今回も効果的かなと思って…・ほんと、ごめん悪気は無いんだ…。」 そう言ってフレイザーは佐都子の腕をつかんで立ち上がるのを助けた。 佐都子はまともにフレイザーの顔が見られない。 顔を真っ赤にして借りた上着を渡すと、ボソっと聞いてみた。 「その女性って誰です?」 その言葉にフレイザーが反応した。 フレイザーの青い瞳が空を見つめ、遠くなっていくと今度はフレイザーが固まってしまったのである。 「もしもし?」 佐都子が心配して上目づかいで彼を見た。…(どうしよう、なんか悪いこと言っちゃったかな…) しばし…沈黙。 脇で見ていたレイがとうとう耐え切れずに中に割って入きた。 「あのなぁ、おまえら、倉庫から出る気があるのかよ。女性問題、語っている場合かよ。」 レイの一言でフレイザーも佐都子もハっとなった。 今しなければならない優先順位に気がついたのである。 「さあ、出よう。」 フレイザーの号令とともに三人は駆け出した。やっと外に出られるかと思うと足取りも軽やかだ。レイは屋外の新鮮な空気が愛しくて、一番に外に飛び出した。 青い空と緑 それが、そこにはあるはずだった。 しかし 期待していたものとあまりにもかけ離れた景色にレイは自分の目を疑った。 「なんだぁあーこりゃあぁ?」 それもそのはず、目の前には溢れんばかりの群衆だったからだ。 腹黒商事の悪党どもを、何十人いや何百人かもしれない一団がグルっと取り囲んでいる。 それはまるで 騎馬警官のミュージカルライドのような光景だった。 そして円の一番内側に勇ましく立ち、悪党を睨みつけているのは他でもないディーフだった。 「ディーフ!」 フレイザーはこれほどディーフを頼もしく思ったことはなかっただろう。もう満面の笑をたたえている。そしてフレイザーを見つけたディーフも猛ダッシュで駆け寄っていった。 「よくやった。よくやったよ。ディーフ。それでこそ King of the beast だ!」 フレイザーがディーフを堅く抱きしめる。 その様子を見てディーフを追ってきたテレビのレポーターが何やら実況中継し始めた。 「みなさん、見てください。心温まる、飼い主と飼い犬の再会の物語です。」 群集の目はいっせいにフレイザーとディーフに注がれる。そして割れんばかりの拍手が沸き起こり、ところどころではすすり泣きまで聞こえてきた・・・。 暖かい春の光が彼らを包み込む。 佐都子とレイもしばしその微笑ましい光景に目を奪われていた。 その隙だった。腹黒商事のボスがバンから這い出て、群集をかき割って逃走を試みたのである。 「おいっ 逃げたぞー!」 誰かが叫ぶ。 男は一目散に空き地のほうに走っていった。 ディーフを撫でていたフレイザーは手をとめ、素早く立ち上がり彼を追いかけ始めた。 フレイザーの顔が恐ろしいほどきつくなる。 「許さない、逃がすもんか。」フレイザーは心の中で叫んでいたのだった。 速さではフレイザーにかなうわけがない…あと数メートルで男をとらえようとしたときだった。 男は突如、振り返るとポケットからナイフを出した。 そして右手に持つやいなや、フレイザー目がけて思いっきり投げつけたのだった。 ヒュン。 鋭く光った刃が太陽の光にまぶしく反射する。 空を切り、ナイフが矢のように一直線にフレイザーの胸に向かって突き進む。 「フレイザー!」 レイの絶叫が天に響いた…・。 *** つづく フレイザー危うし! どうなってしまうのでしょうか? 続きはまた来週… (2003.6.29) BACK |