Round-Robin From Japan  第18章  走れディーフ     第19章はこちら                  E

 とにかくディーフは走った。走って走って走りまくった。
ディーフの走り抜けた後は砂塵が宙に巻き上がるほど、後ろ足は地面を蹴り跳ばしていた。
大好きなフレイザーが危ない!助けなきゃ! ディーフは狼ながらもフレイザーのただならぬ状況を感じっとったのだろう…昨日までジャンクフードをあさっていた様相とはまるで別の生き物のように勇敢な顔をしている。
誰もディーフを止められない…・そんな勢いだ。

ディーフは競馬場のフェンス横まであっという間にたどり着いた。しかしその速度は弱まるところを知らない。
バッキーン!鍵と戸の壊れる音がしたかと思うとなんとそのままディーフはフェンスの通用口の隙間を突破して中に爆走して入っていってしまったのである。

そのころ競馬場では2レース目がちょうど出走中で芝の向こう正面、10頭のサラブレットが一体となって走っているところだった。

その中にいきなりディーフが競馬場の4コーナーに現れたからスタンドからはいっせいにどよめきがわきあがる。

コーナーを回って直線コースにさしかかったところで馬たちがディーフに追いついた。
あわやディーフ、馬たちに蹴り上げられるかの危機…・かと思いきやそのままディーフは先頭を切ってゴールを走り抜けてしまった。

日本競馬初の珍事である。

馬たちはいきなり狼の登場で動揺したのだろうか…ある馬はコースをはずれて回り始め、ある馬はロディオの馬になったかのようにジャンプをして騎手をゆすぶり落とす始末だ。

もうレースはぐちゃぐちゃ…競馬場は一瞬大混乱に陥ったかのようである。

係員数人がやっとの思いでディーフを取り押さえた。

そのときスタンドで一人の男が大声をあげた。

「あれは! カナダ人の犬ではないか!」
その声は双眼鏡を覗いている植田警部補だった。彼は休みで同僚の類巣刑事と趣味の競馬観戦に来ていたのである。
「警部補、まさか…ここは競馬場ですよ。それになんであれがカナダ人の犬だとわかるんですか。」
類巣刑事が茫然としている警部補の顔を見た。
「昨日、あの犬が署に届けられたとき、あの犬、目を離した隙にわしのサンドイッチを全部食っちまってな。それであまりにも印象が強くて姿が目に焼きついてしまったんだよ。」

「しかし…こんなところにいるわけが…・」
と類巣刑事が全部言い終わらないうちに植田警部補はドカドカとスタンドの階段を大またで駆け下りていった。類巣刑事もガムをくちゃくちゃ噛みながらついていく。

取り押さえられたディーフがゴール横のスペースにずるずると引きずられているところに息を切らせて警部補たちが追いついた。

場内のざわめきを背に、警部補がさっと警察手帳を係員に掲げた。

「新宿警察署の植田というものだ。 この犬、見覚えがあるんです。」

もがくディーフを抱えこんでいる係員の目がいっせいに警部補に集まる。
「おたくの犬ですか?もうどうにかしてくださいよ…レースがめちゃくちゃだ…」
と係員の一人が話し始めたとたん……
デイーフはその手を振りほどいて逃げてしまった。

またまたディーフ爆走である。係員、警備員、植田警部補たちがあわてふためくように後を追っかけていった。

ディーフが再びコース上に現れるとスタンドのどよめきがいっそう大きいものになった。
会場全体の目がいっせいにディーフに注がれている。

そん中ディーフは彼らの手に届かないところまで逃げると一瞬立ち止まった。そして振り返って、植田警部補の方を見た。それは何か訴えているような目であった。

再び、倉庫の方向に引き返して一目散に走り出した。

「なにかあるに違いない。」
そう植田警部補はつぶやくとハアガハアと重い体を引きずって後を追い続けた。
一瞬であるがディーフとアイコンタクトをした瞬間、警部補はテレパシーを感じたのだった。

ディーフを追いかける集団がだんだん増えていった。
係員たちだけではなく、警備員、TVのカメラクルーそして面白がってスタンドの観客まで縦一列になって走っている。

***

一方、冷蔵庫内ではフレイザー達が寒さと闘っていた。

冷気に包まれレイと佐都子は息も絶え絶えだ。

うずくまりながら歯をガチガチ言わせている。

R:「なあ、フレイザー、俺、もう気が遠くなってきたよ。」レイが消えそうな声で囁く。
F:「寝てはいけないよ。意識をしっかり持って。眠らないように、喋りつづけるんだ。」
R:「でも…」
F:「詩でも暗誦するんだ。」
R:「詩ねぇ…」
と言いながらレイは途方にくれた。そしてふと横を見ると佐都子が眠りこけ始めているではないか。あせったレイが肩をゆすっておこした。

R:「おい、寝るんじゃねぇよ。意識をしっかり持て。詩でも暗誦しろよ。」
佐都子はうつろな目をしてレイを見た。
S:「詩…ですか…・?」
R:「暗誦できる詩のひとつやふたつあるだろ?ロバートサービスとかホプキンズとか?」
S:「そんな人知りませんよ。」
R:「なんか無いのかよ。」
しばし、佐都子は考えた。
S:「……・・諸葛孔明の出師の表でしたら。」
R:「なんだよ。 show cats call me? って?」

するとフレイザーが会話に割って入ってきた。
F:「レイ、諸葛孔明は人の名前だよ。三国志で登場する蜀の宰相で天才の名をほしいままにした名軍師だ。その知略は神懸かりであり、負けることを知らない。巧みな話術で呉を味方に引き入れ…・・赤壁の戦いでは…」
R:「あーもういい! ふーん。それでそいつそれ書いた後どうなったよ?」
F:「死んでしまった。」
R::「……・」

倉庫の中の3人はますます暗い気分になっていくのであった。
***** つづく                                         (2003.6.15)

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さあディーフはフレイザー達を助けることができるのでしょうか・・・
続きはまた来週 (^.^)/~~~