Round-Robin From Japan  第1章  ういろう (笑)  第2章 車内にて

 ある3月初めの午後のことだった。もう春の訪れを感じさせる明るい日差しが東京駅のホームに注がれていた。そんな中、名古屋支店での打ち合わせから戻った佐藤佐都子はお土産の"ういろう"8本を紙袋の中にかかえヨロヨロと中央線への階段を上っていった。
「あーあ、こんなに買うんじゃなかった(溜め息)」 とかく限定物に弱い佐都子は名古屋でしか買えない養老件の"ういろう"があると聞いてついつい買いすぎてしまったのである。資料と"ういろう"の入った薄い紙袋はその重みに今にもはちきれそうであった。
 とにかく新宿のオフィスまで無事に着いてほしい…その一心で早足で階段を駆け上った。"ビリビリ、ガッシャーン"  ちょうど階段を上りきったところだった。ついにその紙袋は無情にも裂け中身が爆発してしまったのだ。「ひょえ〜(大汗)」恐れていた事態に佐都子は思わず声を発した。大事な資料が春風に舞ってしまったのである。

 一心腐乱になって拾い上げていると、背後に急に大きな陰が現れ、柔らかな日差しをさえぎった。何事かと思い振り向くと一人の白人の男性が佐都子の資料をかかえ中腰になって立っていたのである。彼はカウボーイのような大きなつばのStetsonハットを被っていてそれが陰を作っていたようだった。

「Are you alright?」 澄んだキラキラした青い瞳の男性は優しい笑みを浮かべ話し掛けた。整った目鼻立ち、キリッとした眉、薄いピンクの形のいい口元、肌はやさしい春の光に包まれ透き通るように輝いていた。突然、童話から飛び出してきたようなプリンスに佐都子は一瞬、言葉を失った。心配した男性がもう一度「Are you alright?」と帽子を傾けた。「Yes, thank you.」佐都子はカタコトの英語でやっとの思いで返した。
「You must be in a trouble. So Would you excuse a second. I'll be right back.」とハッキリした発音で彼は言うと足早に近くのKIOSKに走っていった。何をするのか?と見ていたら、どうも佐都子のために紙袋をスタンドの人にお願いしてもらってくれたみたいだった。「Hear」と戻ってきた彼は言うと茫然としている佐都子をほっておいて飛び出た中身を手際よく紙袋の中に入れ納めてくれた。「That'd be fine」と彼は手渡した。ほんの2,3分の出来事である。
あっけにとられた佐都子は「T…Thank you for your great help.」と消えそうな声で言うのがやっとだった。
そんな佐都子に男性は「No problem」と優しい笑顔で微笑むと「Take care.」と加えた。
 
 佐都子はとにかくその場を去りたかった。ハンサムが苦手だし外国人もダメ。またこの上ない親切にどう対処してわからなかったのである。彼女はさっと頭を下げオレンジの電車に向かって歩き始めた。まだ心臓がドキドキしている。フーっと深く息を吸い電車に乗った。
「あの男性はどうしたかしら?」恐る恐るゆっくりとさっき自分のいたホームに視線を投げると…・あの男性はまだあの場所に立っていた。何かガイドブックみたいなものを見比べながら行き先版を不思議そうに見ている。帽子を傾けて考える姿が兵隊人形のようでかわいらしかった。傍には旅行カバン。茶色い制服にホルスターのベルトをつけている。さっきは気がつかなかったが警官か軍人かその類の職業のようだった。年は30代前半ぐらいだろうか…・それにしても明らかに困っている様子だ。
「助けてもらったのにやっぱりほっとけない。」中央線発車の音楽も佐都子の背中を押したのだろう、電車を降りて男性のそばに駆け寄った。
 
 「Hi」佐都子の再度の出現に男性は明るく挨拶した。ちょっと曲がった前歯がとても愛らしい…・。彼女はちょっと見とれそうになった。が、気を取り直して「Can I help you?」と自信の無い英語でゆっくりと語りかけた。 「Oh thanks. I'd be most appreciative for your support.」男性の英語は早口だが完璧なディクションだったため英検3級(笑)の佐都子にもなんとか聞き取れた。「Actually I cannot speak English at all.」と期待されても困るので佐都子は付け加えた。佐都子の心配そうな表情に「really?」と眉毛をあげて彼は反応した。「So where would you like to go?」とバカがばれる前に何とか物事を片付けてしまおうと彼女は話を進めた。話を聞いていくとどうも彼は成田に今日着いたばかりで、出迎えの人が来ないために自力で東京駅までたどり着いたらしい。とにかく彼の説明は長く混み入って途中から何がなんだかわからなくなってしまった。だが彼の目的が新宿だというのはなんとなくわかった。
 
「かわいそうに…成田から新宿行きのリムジンに乗ればよかったのに…・」
彼の苦労話を聞いているうち佐都子まで疲れて果ててしまった。でも新宿なら簡単、この電車に乗れば着くんだから…・と電車を指差した。しかしその電車はパネルに「八王子」と書いてある。よってどうも説得力に欠けたのか彼は不思議そうに電車を見つめている。「えーっと神田でしょ、御茶ノ水でしょ…うーん4番目の駅で降りてね。 You might…・」と彼女は言いかけたが、でもいちおう念のために定期入れに入っている地図を確認した。「ビンゴ!」4番目だわ…っと地図を指した。が、彼の目線は佐都子の定期入れの片側の写真に向けられていた。それは愛犬shiro(雑種犬)の写真だった。
「you have a dog.」彼は楽しそうにつぶやいた。 「えっ…何この人…・せっかく人が説明しているのいきなり犬の話なんかして…・」佐都子はちょっと心の中で呆れた。「Yes my dog. shiro」と適当に流したが彼はほんと犬好きなんだろう…・とても嬉しそうに愛犬の写真を見ている。
そして聞いてもいないのに「I have a dog too. Actually wolf. His name is Diefenbaker. His name stems from Prime minister of Canada」と自分の愛犬(狼)の名前の由来まで話し始めた。ほっとけばいくらでも話しそうなので適当に「Sounds interesting」とあいづちを打って「I'm going to Shinjyuku too. Would you like to come along?」と話を元に戻した。

佐都子の一言にぱっと彼の表情が明るくなった。身長は180cmぐらいで体格はいいがちょっとした仕草がとても少年らしかった。ことなかれ主義の佐都子は大抵道を聞かれても、指示して終わり。こんな風に一緒に連れ添うことなどめったに無かった。しかし彼があまりにも礼儀正しく、心底、人が良さそうな雰囲気にどうしてもほっとけない何かを感じてしまったのである。

「Let's move.」 二人は電車に向かって歩き出した。その瞬間、彼がそっと佐都子の手に触れた。電気ショックが走ったように驚いた。「I'd have this 持ちましょう」…と彼は"ういろう"の入った紙袋を手にとったのだった。
彼の親切は天然のものらしく本当に自然な動作だった。「Thanks.」と彼女は動揺をさとられないよう小さな声で答えた。

 彼はスラっと伸びた長い足をしていた。だが、佐都子にあわせるようにゆっくりとした歩調で歩いてくれた。昼下がりの中央線はどことなくのんびりとして容易に空席を探すことができた。二人並んで座席に腰掛けた。座った瞬間、茶色い制服を通して彼女は彼の肩の筋肉を感じドキッっとした。
「ハッー(溜め息) 早く新宿につかないかなぁ」彼女は心の底からそう望んだ。ハンサムと英語が心から苦手な佐都子の切実な願いである(涙)。

そして、ゆっくりドアの扉が閉まり二人を載せた電車は新宿に向かって走り出した。

***** つづく                                         (2003.2.16)

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はぁ〜かわいそうな佐都子さん、わけのわからん白人を連れて新宿へ…ご苦労なことです…
さて、このあと二人はどうなるのでしょうか? 続きはこちら(^.^)/~~~