シティー・ウルフ
by チャロ さん
「皆さん。今日は、特別にお招きした方がいます。誰だか分ります?」 皆は知っていた。その為に集まったのだから。しかし、ここは「ウ〜?」と低く唸るだけにした。 尋ねた司会者も、彼等の反応が形式的な事は先刻承知。これは盛り上がるのに必要な儀式なのだ。 「では、スペシャル・ゲストに登場していただきましょう。シカゴからやって来た、ディ〜フェン〜ベ―ーカーー!!」 バタバタバタ。そこらかしこで床を叩き、擦る音がする。その尻尾の‘大歓迎’ジェスチャーに迎えられ、ディーフがゆっくり中央に現れた。 彼は、いつもよりフサフサと毛並みが輝いていた。それもそのはず。この時に備え、ベンに特性シャンプー&リンスで 洗ってもらい、毛づくろいもバッチリなのだから。 ディーフが座ったことを確認し、司会者が口を開く。 「こちらにいらっしゃるディーフ氏は、シカゴから短期間ですがカナダに戻られました。これからシティー・ウルフである彼に、シカゴ, つまり、都会について語ってもらいます。では、どうぞ!」 ディーフは、おもむろに立ち上がる。 「僕。いえ、私の体験談を聞きに集まってくれてありがとう。シカゴでの生活は…その前に。」 些か興奮口調で彼は言った。 「僕、なんとマーク・スミスバウアーにサイン貰っちゃっいました!更に!マークは僕のアパートにもやって来たので、こっそり姿を眺め・・至福の時だったなぁ〜」 それを契機に、アイスホッケー談義に花咲かせる犬達。 ― しばらくお待ち下さい ― さて、ディーフは本題を語り始めた。シカゴに居る愛する妻子の事。パートナーのベンをいかに守り、助けてきたかを。 “飛び蹴りでドアを開け、ガイガーとの戦いでピンチのベンを救う。”“赤ん坊のボディーガード。”“鋭い嗅覚利用で人物や車の追跡。”etc 回りはじっと聞き入った。 「…ベンが店で盗みを働きそうになった時は、必死に警告しました。でも無念。追い払われてしまい…」 “あの、ベンが! 彼すらも変えてしまう、恐るべきシカゴ!”皆吃驚である。 「… 時には、ベンのブーツ探しに協力した事もあるんだよ。たかが靴、と思う?でも、事件に大きいも小さいもない!」 彼の話し方が‘普通’になってきている。そろそろ最終段階を迎えようとしているのだ。 「では、僕がシカゴで体験した最も不思議な事をこれから言うけれど…」 一同、身を乗り出し耳をピンっと立てる。 「僕も暫くは全く分らなかった。でもさぁ、ある日突然気が付いたんだ。いい、皆さん! シカゴに行くと・・いつの間にか・・ボディーが、重くなる!! そう! カナダでは、軽やかにジャンプ, 何時でも疾走可能だったハズの僕が! 何故かシカゴでは、月日が経つにつれ重力の重さをヒシヒシと体で感じるようになったのであ〜る!」 ワフッツ!バウバウ!・・・ディーフの発言が終わるや否や、場内はどよめきに包まれた。集団パニックになる寸前。 「ワォーンッ!」 ドスの効いたよく通る声が響いた。体が小さい割に声の大きいビーグルの一声は、皆を落ち着かせた。司会者である。彼は、ディーフと事前打ち合わせしていたので冷静なのだが、そんなのおくびにも出さず言った。 「よく聞くんだ!今の展開には私も驚いた。しかし、この見事な語りをしてくれたディーフ氏に、まず敬意を表そうじゃないか。そして、折角だから今回欠席のモノ達にこの最後のオチを教えよう。その為にも、まずこれを忘れないようしないと。では、皆で唱和し記憶しよう!」 それを聞くと皆、“待ってましたこの瞬間!”の喜びを抑えるのに一苦労。今夜のお楽しみは、‘気楽な話。’それと、‘これ。即ち、思いっ切り叫べること。’なのだ! 最後、一寸取り乱してしまったのは予定外だが。 皆の受けがよく、相好崩し見回していたディーフ。また急いでクールな表情に戻る。 「じゃぁ。僭越ながら、ディーフェンベーカーこと僕が音頭をとります。準備いいですか?では。」 まず、ディーフは深く頭を提げた。そして口を動かす。 「ホニャホニャ〜 (訳:シカゴでは何時の間にか。)」 パッと顔を上げ、正面にいる何匹もの仲間達をキリッとみつめる。 「ワワワッツ。(訳:ボディーが。)」 いよいよである。皆も息を整え準備をする。ディーフは首を仰け反らせ、 「ウァオーーン!!(訳:重くなる〜!!)」 沢山の犬達も一斉に叫ぶ。ワォーーーーン!!(訳:重くなる!!) それは、小屋中。いや、その地域一帯に大音声で広がった。 **** 「オイ!フレイザー!!」 耳を押さえ、叫ぶ一人の男。 「なんだい!レイ!」 叫び返す男が、もう一人。 「この声、お前の小屋から聞こえてきてるぞ!」 漸く、声は止んだ。 「ウン。ディーフ達が会合開いているんだ。」 「はぁ? ディーフの何だって?」 耳がまだワ〜ンと鳴っているレイは、聞き返す。 「会合だよ。何か理由つけて、偶にああやって大声出し、皆でストレス発散しているんだよ。これ、屋外だと何かと問題あるから小屋貸してやったんだ。」 ドアをノックし、開けるフレイザー。中から様々な犬種の犬達が、不思議そうにレイ達を見る。突然現れた人間にも、彼等は寛容だった。中には尻尾を振るものもいる。 「こいつら…どっから湧いてきたんだ!?」 犬集団に唖然とするレイ。早速、ハスキー犬とセントバーナードに気に入られ、“遊ぼう!”攻撃を受けて・・大変そう。 すっかり仲良くなって、とそれを呑気に微笑み見るフレイザー。彼の元にはディーフがタタタッと駆けて来た。 “オッ。ベン、差入れかい!? 気が利くね。丁度、某チェーン店のハンバーガー話をしていたから、お腹空いちゃった〜” 1匹1匹に話しかけながら、ナイフでムースの肉を切り分けてやるフレイザー。キチンと順番待ちし、礼儀正しい彼等は勿論各々“有難う、ベン。” ”久し振りだね〜 ベン.。” “万引きはいけないよ、ベン!”etc 皆、目で伝える。 「さーて。これで終わり・・アレッ? ケンさんは?」 「なんで犬に ‘ Mr. ’が付くんだ! カナダの常識なのか!?」 「まさか。レイ、このドーベルマンは・・ ア〜。そういうのが知りたいんじゃないんだね。エーとケンさんはね、これが本名なんだ。飼い主の方が、日本びいきでケン・タ○○ラの大ファンでね。そこで、敬意を表してつけたんだって。今日、来ているはずなんだけれど… どこかな?レイ、君知らない?」 「・・そんな会った事もないワン公、知るわけねぇだろ。」 フレイザーは扉を開け、 「ここだったんだ、ケンさん! 遠慮しないで、皆と食べたら?」 外で雪山を考え深げに眺めていた秋田犬に、声を掛ける。入って来た彼は、ジーッとフレイザーを見詰める。 “お手数掛けます。これは、余計なお世話かもしれませんが…一寸した道の踏み外しが、取り返しの付かない事態に結びつくこともあります。ベン、お気をつけ下さい。そして、ディーフの食生活の改善を。 ”と有難い忠告をオーラでしてくれる。 「なんか分らねぇが… この犬凄いな、フレイザー。」 「ウン。彼を前にすると、何か大事なことを教わっている気分になるよね〜」 そんなケンさんの迫力に圧倒されている2人は、ディーフが大分前から傍で目で訴えているのに気が付かない。 “ おい、ベン! ドーナッツは? ポテチは? どうした!? 食べる物ないじゃないか!” すっかり都会色に染まり、ジャンクフードにハマった狼一匹。ここにあり。 END |
チャロさん より |